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「大工が教えるほんとうの家づくり」

阿保 昭則(文藝春秋刊)

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 今回の芥川賞受賞作家、磯崎健一郎さんは千葉県出身です。先日の受賞パーティーでの挨拶で、「自分の原点は千葉の田舎の自然」だと話されるのを聞き、たいへん共感をおぼえました。

 私は千葉市若葉区の出身です。高校時代、幕張あたりの海浜地区の同級生たちから、「千葉のチベット」などとよくバカにされました。なぜかというと、「山と田んぼだらけ」だから。

 しかし、自分のことを「千葉都民」だと勘違いしている連中に何と言われようと、私は田舎を恥じたことなど一度もありません。美しい緑、茅葺屋根の民家、たくさんの虫や魚、小川のせせらぎ、草や花の匂い、それらはかけがえのない自分の原点です。

私が今回ご紹介したい本は「大工が教えるほんとうの家づくり」(文藝春秋刊)という本です。これは阿保昭則さんという千葉の大工さんが書いた本なのですが、この人とにかく凄い大工です。

 彼は日本中の腕利き大工が集まってカンナ薄削りの技を競う大会で、3ミクロンという日本記録を出したほどの凄腕です。3ミクロンというと、削りカスを8枚重ねても透かして新聞が読めるほどの薄さだそうです。

ではこの本はそうした腕自慢の本なのかといったら、それがまったく違うのです。それどころか、「大工は技術があるのは当たり前の話で、大事なのはその先」と言い切ってしまいます。では「その先」とは何かというと、「お客さんの人間性や好みをよく理解し、本当に喜んでもらえる家をつくる」ことだというのです。

阿保さんは自分が建てた数々の家をカラー写真で紹介しながら、いい家を建てるためのノウハウを次々に披露していきます。ほとんどの建築家は木造建築のことなどわかっていない、ハウスメーカーの家は粗大ゴミが家の形をしているだけ、流行りの珪藻土はほとんどニセモノ、無垢の木と漆喰を使うのは当然の前提、まともな大工はわずか3%、素人でもわかる大工の腕の見分け方、心地よい住空間をつくる方法、賢い予算配分の仕方……。実際に自分の手で家をつくる大工さんだからこそ書ける、驚くような話ばかりです。

しかし、そうしたノウハウにも増して印象的なのは、阿保さんの人間性の素晴らしさです。この人は家づくりを通して「住む人の幸せ」をつくろうとしているのだということがひしひしと伝わってきます。大工という仕事に対する使命感、人に対する誠実さ、優しさ……。

私は千葉にこんな凄い大工がいるということを、心から誇りに思います。一人でも多くの人に阿保さんのことを知って欲しい。

阿保さんは現在、何人もの若い弟子たちを育てています。将来、彼らが巣立って、千葉のあちこちに美しいいい家がたくさん建つ日を私は夢見ています。

かつて千葉の田舎に建ち並んでいた美しい民家は、もうほとんど残っていませんから。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
  (文藝春秋 江坂寛)